台湾のコメ「蓬莱米 (ほうらいまい)」。100年前の日本統治時代の「農業イノベーション」

稲穂

「蓬莱米」は日本統治時代に命名された改良された台湾米を指す美称です。日本統治時代にはたくさんの「蓬莱米」が日本本土に移出されていました。今の「蓬莱米」は日本の米に負けないレベルの味ですが、ここに来るまでには血のにじむ様な努力がありました。

台湾では長粒のインディカ米が栽培されていた

元々台湾で栽培されていた米は長粒種のインディカ種でした。現在では「蓬莱米」に対して「在来米」と呼ばれています。「在来米」は熱帯での栽培には向いているものの、収穫量が少なく、米自体も粘り気が少なく炊いて食べるとおいしくないため、日本に輸出しても低品質米の扱いを受け、安値で売買されていました。

日本米は台湾では栽培できなかった

しかし日本で良く食べられている短粒種のジャポニカ種を台湾に持ち込むのは大変困難なことでした。気温が高い台湾では日本の品種を植えると出穂(しゅっすい、開花)が早すぎ、モミがふくらんで生長していく登熟(とうじゅく)がうまくいかず、収穫量が落ちてしまうのです。

困難を突破した「蓬莱米」イノベーションの担い手

この困難を突破したのは大正から昭和にかけて台湾総督府農事試験場で活躍した磯永吉氏や末永仁氏などの日本人技師でした。彼らが半世紀近くかけて取り組んだ大事業について見ていくことにしましょう。

台湾の在来種の調査と改良

まず台湾の風土に合う新品種の親となる可能性が高い台湾在来種の調査が行われました。1000種類以上に及ぶ台湾在来種に対して、どんな品種があり、どんな特性を持っているのか調査したのでした。

また当時の稲作では赤米などのDNAが混入しており、収穫量の減少につながっていました。それを「純系分離」することで品種改良しました。

「純系分離」とは育てた植物の中から優良な子孫だけを残して再び育てる、という作業を繰り返し行うことでより、優良な遺伝子のみを残す品種改良の方法です。1925年頃までこういった在来種の改良事業が行われ、収穫量は20%前後増加したのです。

日本種を植えるしかない

一方、台湾在来種の中から日本種に近い味を実現しようという努力も行われました。特に「短広花螺 (デーゴンホエレー、Té-kòng-hoe-lê)という在来種ながら籾の粒型が日本種によく近い品種も発見され、この品種の味を日本種に近づける努力もされたのですが、外見は近くても系統的には全く日本種とは違う品種であり、これは失敗に終わりました。

当時の日本人技術者の中でも、「台湾在来種の味を改良して日本種に近づける」という考えと、「なんとか工夫して日本種を台湾に移入する」という考え方の両方があったのですが、最終的には後者が主流となったのです。

栽培方法の研究

日本種を台湾に移入する工夫の一環として、日本種と台湾の在来種との栽培方法の違いについても調査が行われました。1922年から日本の九州地方に近い気候の丘陵地に日本種を植え、ある程度育てることができたのですが、台湾の平地では上手く育たず、また二期作は不可能でした。

その後、末永仁氏が育苗期間が長いほど水田で生育不良となることを発見し、育苗期間を色々変えて試験した結果、「幼苗插植法」が考え出されました。当時育苗期間は一期作60日・二期作30日だったのですが、それぞれ30日・17日と短縮することで、出穂(しゅっすい、開花)を遅らせ、モミがふくらんで生長していく登熟(とうじゅく)を正常に完了させ、実る籾の量を増加・安定させたのです。こうやって台湾の気候に合う日本種を選んで栽培できるようになったのです。

「蓬莱米」と命名

こうやって台湾各地で日本種の栽培が奨励され、収量が増え、日本においても高値で台湾米が取引されるようになりました。それを受け、1926年(大正15年)に台北で開かれた日本米穀大会において、台湾総督・伊澤多喜男氏により台湾で栽培される日本種を総称して「蓬莱米」と命名されたのです。

執念の品種改良

3つ目は品種改良で日本種に負けない味でかつ台湾で育つ品種を産み出す努力でした。例えば1926年の一期作の時に病気(イネいもち病)が大発生したため、日本種「伊予仙石」から「純系分離」した病気(イネいもち病)に強い品種「嘉義晚二号」などを作り出し、病気に弱かった品種を置き換えました。

1929年には日本種同士の組合から台湾の気候に合う「台中65号」という品種も作られました。収穫量も多く、味も良く、イネいもち病にも強く、環境への適応力も強く、日照時間に鈍感で日照時間の長い台湾でもしっかり育ち、同じ品種で二期作も可能と優良種で当時の台湾で広く栽培されました。

「同じ品種で二期作も可能」ということのすごさについてもう少し説明すると、台湾では一期作は2月~6月頃、二期作は7月~11月頃が栽培期間なのですが、一期作は徐々に日照時間が長くなってくるし、二期作は徐々に日照時間が短くなってくるという違いがあります。「台中65号」が出て来るまではそれに合わせた品種を植えないと日本種の場合は育ちが悪かったのです。

「奇跡」のジャポニカ種・インディカ種交配

ところで「台中65号」の両親である「神力」と「亀治」は日照時間の長さに敏感で、日照時間の長い台湾で植えても余り上手く育たないのに、その子の「台中65号」は両親の性質を継がず、日照時間に鈍感だったのが謎だったのですが、その後のDNA分析で「台中65号」には台湾の山地で植えられていた陸稲のDNAが含まれていることが発見されました。これは狙ったものではなく、たまたま混入したものです。

日本種(ジャポニカ種)・台湾在来種(インディカ種)の共通の先祖は数千年前まで遡らなくてはならず、栽培されている地域も分かれていた結果、遺伝子上も多くの違いが蓄積され、交配が非常に難しい(当時はほぼ不可能)とされていました。偶然花粉などが花に混入しても実を結ばないなど、交配しないのが普通で、「台中65号」に台湾在来種が紛れ込んだのは、本当に奇跡と言える遺伝子混入と言えます。

その他にも膨大な数の組合せを試すことで、ジャポニカ種・インディカ種での交配に成功し、台湾在来種の「鵝卵朮(O-Loan-Chu、オールアンツッ)」と日本種の「三井」を掛け合わせた「南育183号」という品種が作られました。この「南育183号」と先ほど出てきた「台中65号」を組み合わせ、「嘉南1号」から「嘉南13号」までの品種が作られています。

こういったジャポニカ種・インディカ種を交配した品種は現在でも台湾で植えられている品種の基礎となっています。

東南アジアの農業にも貢献

日本人技師による研究は台湾だけでなく、東南アジアなど他の地域の農業にも貢献しました。戦後の1954年(昭和29年)に発表された磯永吉氏の英文論文「亜熱帯における稲と輸作物 (Rice and Crops in its Rotation in Subtropical Zones)」は亜熱帯農作物のバイブルともいわれています。

日本統治時代に発掘された「低脚烏尖 (ていきゃくうせん、デージェウジェン、Dee-geo-woo-gen)」や「台中在来一号 (だいちゅうざいらいいちごう)」は、草丈を低くする「半矮性遺伝子」を持つ品種として注目されるようになりました。

生産量を向上させるために肥料を多く与えると、穂が重くなり植物が倒れ、根・茎からの養分が穂へ伝わらなくなったり、穂が水に浸かってしまったりなどの問題が出てきます。こういった問題に対して、注目されたのが半矮性遺伝子を持つ「低脚烏尖」との交配でした。

日本統治時代から離れますが、食糧増産を目指した「緑の革命」では「低脚烏尖」を親とする多収量品種「IR8」が1966年に育成され、フィリピンやインドで使われ、食糧増産を達成しました。

また「台中65号」は台湾以外にも沖縄、さらにはネパールやイランでも栽培されるなど、非常に高い環境適応力を持つ品種として知られています。

農業は科学

稲作も含め、農業は厳密な「パラメーター(変数)」の組み合わせで成立しています。特に味が良くて、収穫量が多い品種はどうしても育て方が難しくなるため、苗の育て方、田植えの時期、害虫駆除の方法やタイミング、肥料の与え方やタイミングなどにかなりの注意を要します。ここまで様々なことに気を付けても天候不順などコントロールできないことで収穫量が減ったりするわけですから、農業とは実に専門性の高い仕事です。

また人口は増える一方、温暖化などの気候変動の影響で、今まで植えられた作物が育たなくなる可能性もあり、こういった農業に関する知見は非常に大事だと考えられます。特に温暖化が進んだ場合は、熱帯地域での栽培の経験が活きる可能性が高いように思います。

参考文献 (クリックすると一覧を表示)
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