臺北水道水源地 喞筒室(ポンプ室)、台湾に残る日本の近代化遺産、優美な歴史建築だけでなく、電気機械の「国産化イノベーション」も知る

臺北水源地喞筒室

臺北水道水源地・喞筒(そくとう)室 (現、自來水博物館)は日本統治時代の1908年(明治41年)に建てられました。ここは1977年まで実際に使われた水道施設の一部です。一帯は「自來水園區」として整備されています。

バロック様式+イオニア式装飾の優美な建築

喞筒室 内部
喞筒室 内部

臺灣總督府(現、臺灣總統府)などの設計に関わった森山松之助、臺灣總督府博物館(現、臺灣國立博物館)などの設計を行った野村一郎がこの建物の設計を行っており、優美な建築物となっています。建物の周囲や中で結婚式の写真を撮っている人も良く見かけます。

全体的には「バロック建築」が採り入れられています。「バロック建築」とは1590年頃から盛んになった建築様式で、複雑な彫刻などの装飾が多数施されているのが特徴です。19世紀から20世紀はじめごろの時期はこういった西洋の過去の建築様式を用いた復古的なデザインが主流で、明治の日本でもそういった復古的なデザインが採り入れられたのです。

喞筒室 柱廊
喞筒室 柱廊

正面から左右に広がる柱廊には「イオニア式」の装飾が施されています。「イオニア式」とは古代ギリシア建築における建築様式の1つで、柱頭(柱上部)に渦巻き飾りが施されているのが目を引く特徴です。

喞筒(そくとう)=ポンプ

喞筒室内部・ポンプが並ぶ
喞筒室内部・ポンプが並ぶ

「喞筒(そくとう)」とはポンプのことです。「喞」という漢字も余り見かけませんが、「(水などの液体を)注ぐ」という意味を持つ字のようです。喞筒室内部は半地下になっており、浄化前の水(原水)と浄化後の水(清水)用のポンプが合計9台置かれています。1977年まで実際に水道設備として使われていたものです。

清水(水道水)1号ポンプ
清水(水道水)1号ポンプ

こちらは1940年(昭和15年)設置の日本の日立製の浄化後の水(清水)用ポンプです。110馬力、三相・3.3KV、送水能力1日25,000トンだそうです。資料を見ると荏原製作所の1922年(大正11年)設置のポンプが現存している一番古い物のようです。

日立のロゴ
日立のロゴ

製品・製造番号や規格は刻印されたプレートはもう読み取りづらくなっていたのですが、日立のロゴはしっかり確認できました。

予備モーターのプレート
予備モーターのプレート

予備モーターのプレートです。「誘導電動機」とは交流用のモーターです。馬力は100馬力のようですね。製造年も「昭和19年」とかろうじて読み取れます。昔の日本製ですから、漢字も旧字体で年代を感じさせます。

日米老舗メーカーのアンティークな電圧・電流計

計器類
計器類

左の「VOLTMETER(電圧計)」には「Tokyo Keiki Seisakusho (東京計器製作所)」、右の「AMMETER(電流計)」には「Norton Electrical Instrument Company」と刻印されています。

どちらも昔の工業製品らしく重厚な造りです。左の日本製は無駄な装飾を配した質実剛健な感じが堪りませんし、右の米国製は「Norton」のロゴが筆記体になっていたり、その周囲にちょっとした装飾が付いているところが昔の米国工業製品らしくて良いですね。

調べると東京計器製作所(現、東京計器)は1896年(明治29年)創業の精密機器メーカーで、戦艦「三笠」「大和」「武蔵」などの羅針盤も製造しています。またここから光学メーカーの日本光学(現、ニコン)など多くの会社が分離しており、その内、東京航空計器はゼロ戦(零式艦上戦闘機)などの計器類の製造の実績もあります。

Norton Electrical Instrument Companyは1870年代に起業したNorton家によって創業された米国の計器メーカー(1970年ごろに営業終了)で、第二次大戦中は47人余りの従業員を抱え、潜水艦の計器やドイツの磁気機雷掃海具、原子力爆弾に組み込まれる部品など製造していたようです。

電圧計と電流計を作った日米の2つのメーカーは創業時期や作っていたものを含めて、似たような会社だったようです。こういうところも近代化遺産を見ると面白く感じることの一つです。

電圧・電流計から伺えるこんなエピソード

東京計器によると、同社は初めて「計器」という言葉を使った会社で、「計器」という日本語も創業者が英語の「Instrument」の訳語として作り出したのが由来だそうです。当時は明治の文明開化に伴い海外から入ってきた様々な機器を国産化することを方針としていました。

電気計器に関しても今後電気計器の需要が伸びると予想し、1911年(明治44年)から配電盤計器の国産化に着手、当時輸入されていた米国ウエストン社製のものを国産化、ケースカバーは「鋳鉄製の唐草模様が浮き出た立派なもの」だったそうです。

ここから先は筆者の推測にすぎませんが、写真の電圧計は鋳鉄製の重厚なものですが、唐草模様はなくデザインは簡略化されています。1920年代を中心としたモダニズム(芸術運動)の影響で機能的・合理的デザインになったのではないかと考えられます。逆に右側のNorton社製は唐草模様が浮き出ているので、それより前のものなのかもしれません。

喞筒室では1914年に拡張工事、1922年と1940年に設備更新を行っていますが、さすがに1940年になってくると鋳鉄製の重厚なデザインにも小型化などの変化が加わってくると思うので、写真の電圧計は1922年の設備更新時に設置されたものではないかと想像します。

それまでは電圧計・電流計共に輸入品だったものが、1922年の更新時に劣化の度合いで、電圧計だけ国産化された同等品に置き換えられたと考えると、電圧計だけ国産で、電流計が輸入品になっている理由、また輸入品の電流計に唐草模様が付いたより古いデザインになっている理由もつくような気がします。

「国産化イノベーション」への意気込み

東京計器によると、1918年(大正7年)の「東京大博覧会」に同社の電圧計が出品され、銅牌を受賞したことが記録されているそうです。大正時代も明治以上に展覧会が頻繁に行われ、大正元年(1912年)から英米との開戦(1941年)までに400回以上、平均すると毎月日本のどこかで展示会が行われていたことになります。

日本では第一次世界大戦を契機に大戦景気(大正バブル)となり、軽工業だけでなく重工業も発展し、特に電気機械は国産化が進みました。大正時代から昭和初期もまた「国産化」という目標に一生懸命取り組んでいった「イノベーション(技術革新)」の時代だったのです。電圧計を見ると当時の日本人の意気込みが見えるような気がします。

浄水池

観音山貯水池
観音山蓄水池

自來水園區内の「小観音山」には1908年(明治41年)に作られた鉄筋コンクリート製、容量約4,500トンの「浄水池(現、蓄水池)」があります。浄化された水を喞筒室からポンプでくみ上げてこの浄水池に貯め、浄水池の高度(標高約42m)を活かして台北市街に給水をするようになっていました。

観音山蓄水池の上
観音山蓄水池の上

蓄水池の上にも上がることができます。通気塔が少数残っている以外は普通に野原のようです。なかなか下に蓄水池があるようには感じられないかもしれません。

私が行った当時は蓄水池の中には入れないようになっていたのですが、2019年2月以降、土日や祝日に無料のガイドツアーがあり、参加すると中に入れるようになっているようです。もし参加するチャンスがあれば追記したいと思います。

量水室

量水室
量水室

こちらは1913年(大正2年)に完成した量水室です。先ほどの小觀音山にあった浄水池からの出水量の計測に使われました。レンガ造りに漆喰を塗っており、壁や柱への装飾をしたり、窓やドアの上部が半円形になっているなど、日本統治時代の様子を残していますが、これは日本統治時代の姿に近づけるため修復工事をした成果です。

昔は水源地になるほど、のどかな場所

台北水道沈澱池及瀘過池工事の様子
台北水道沈澱池及瀘過池工事の様子

現在は上流に移されましたが、1977年まで取水口も「自來水園區」内にありました。現在は街道や高架道路が交差し、台湾大学や公館夜市などもある繁華街ですが、ここに浄水場が設置された1908年(明治41年)頃は一帯は農村だったのです。

その名残で今でも浄水池辺りには緑が残り、また園内も花壇なども整備され、ゆっくり歩いて回るには良い場所となっています。是非見ていただければと思います。

喞筒室が保存・修復されたのは李登輝総統の指示だった

現在喞筒室が保存・修復され、今の様な優美な姿を取り戻したのは、李登輝総統が1992年に視察に訪れた際に喞筒室保全を指示したことがきっかけでした。1998年頃に約8,000万台湾元(当時のレートで3億日本円以上)かけて喞筒室を当時のものを再現すべく修復されたのです。

そこまでの予算を掛けるには総統一人だけの決断ではなく、それを支持した世論もあったと思います。当時の台湾が朝野を問わず日本統治時代の遺産の保存・修復に関して肯定的だったことについては、単純に嬉しいとか感謝とかそういう気持ちを通り越して、万感胸に迫るものがあります。

観光・見学・視察も観点を変えると色々な学びがある

喞筒室はその建物の優美さが有名ですが、私は偶然見た日米製品が混在した電圧計・電流計に注目し、掘り下げたおかげで、東京計器という今でも存在する老舗企業を知り、過去の「国産化イノベーション」への意気込みまで知ることができました。

ガイドブックを参考に見どころを早足で回るのも悪くありません。でも皆さんが日頃学校や社会で学んだり感じていることを基礎に、自分だけの「アンテナ」で歴史を感じ取っていただけると、より色々な学びが出てきて、台湾に残る日本の遺産をより興味深く見ることができると筆者は考えます。

電圧計や「計器」の由来については、ウェブからいきなり問い合わせをしたにも関わらず、東京計器のコーポレート・コミュニケーション室の方々に当時の社内資料を時間をかけてお調べいただき、大変丁寧な回答を頂きました。改めて篤くお礼申し上げます。

場所

参考文献 (クリックすると一覧を表示)
  • 台北水道沈澱池及瀘過池工事(其一)沈澱池並に瀘過池の光景 – 典藏者:中央研究院臺灣史研究所 / 數位物件典藏者:中央研究院臺灣史研究所檔案館 / CC BY-NC 3.0 TW / 開放博物館 (https://openmuseum.tw/muse/digi_object/fc2d4b5f7cfaf882042f78bb30e34504#4494、1914年、2020年08月30日閲覧)
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