事実上の在台湾・日本大使館「交流協会」。以前「日本」も「台湾」も名称に入っていなかった深い理由

以前の交流協会の銘板

台湾(中華民国)と日本には正式な国交が無いため、台湾には日本大使館は無く、その代わりに「日本台湾交流協会」がその役割を代行しています。しかし2016年まで長い期間「交流協会」と呼ばれ、名称に「日本」も「台湾」も入っていませんでした。その経緯を見ることで台湾と中国との関係に関する問題の複雑さを見ていきましょう。

中華民国は中華人民共和国との並立を受け入れず

1972年9月29日、日本と中華人民共和国との国交正常化によって、日本と中華民国の国交が断絶しました。これは当時の中華民国が「漢賊不兩立」を唱えていたことによるものです。

「漢賊不兩立」とは中国の三国時代の諸葛亮の言葉と伝わるもので、自国(蜀、自称「漢」の後継政権)と賊(魏、漢を滅ぼした政権)とは両立せず、自分から打って出なくてはいずれ敵に攻め入られて滅ぼされるという意味です。

当時は中華民国は自身を唯一の正当な中国を代表する政権だと位置づけ、中華人民共和国を不法に中国大陸を占領している「賊」、反乱政権としていました。よって中華民国と中華人民共和国との並立なんて論外で、どこかの国が中華人民共和国と国交を結べば、中華民国はその国と断交をしていたのです。

「一つの中国」原則による中華民国の孤立、巻き込まれる台湾

ともに中国全土を統治領域と主張する中華民国と中華人民共和国が存在し、実際には「2つの中国」になっているにも関わらず、それを認めないのは「一つの中国」原則とも呼ばれます。昔は両者とも「一つの中国」原則を維持しており、両立はあり得ないという考え方でした。

この時代、中華民国は独裁政権だった時代、実際に統治している領土のほとんどが台湾や澎湖島、その周辺の島嶼だったのにも関わらず、外交政策は飽くまで中国全土を支配地域として主張し続ける中華民国が決めていました。

つまり中華民国は台湾を支配していてもとても台湾を代表する政権とは言えませんでしたし、中華民国は台湾を代表する政権になるつもりもありませんでした。だから米国など多くの国が「台湾」の名義で国連に残るよう説得したのですが、これも受け入れませんでした。

結果的に「一つの中国」を主張し続けることにより、中華民国は多くの国との外交関係やさらに国連の議席までも失い、外交面での孤立化が進みました。これに台湾も巻き込まれてしまったのが不幸だったと言えます。

大使館の代わりに「日台交流協会」を作ろうとしたが名称で揉める

断交で政府間でのやり取りは途絶えたのですが、貿易、経済、技術、文化などの様々な民間レベルでの交流はあり、全くやり取りしないわけにもいきません。そこで日本側を代表する「実務機関」として、断交後すぐの1972年12月1日に「財団法人交流協会」が設立されました。

この時も日本側は「日台交流協会」という名称を希望しましたが、中華民国側が「日華交流協会」を主張して折り合わず、結局は単なる「交流協会」となりました。中華民国としては飽くまでも中国全土を代表する政権として「日台」ではなく、「日中」か「日華」交流でないと面子が立たなかったのです。

ちなみに同様の理由で中華民国側の実務機関も「亜東関係協会」と一見しただけでは日台関係を取り扱うとは分からない名称になっていました。

日台外交の「隠れ蓑」

その後、日本の「交流協会」と中華民国の「亜東関係協会」が取り決めを結び、それぞれ台湾と日本に事務所を設置し、今までの大使館や領事館の代わりとしたのです。「交流協会・台北事務所」が「駐中華民国日本国大使館」に代わるものとなり、「台北事務所長」が事実上の駐台湾日本大使となりました。

「一つの中国」の原則の下、また日本と中華人民共和国の摩擦を避けつつ、日台間の関係と双方の現地駐在を維持するため、「外交機関ではなく、民間機関同士の交流」、「政府間関係ではない」という名目で実際は外交の「隠れ蓑」として機能しています。

実際は財団法人といっても、外務省や経済産業省などの職員が出向したりして関わるわけで、ただの非営利組織ではありません。こういう形でアメリカなど他の国も財団法人などの形で台湾に代表機関を置いています。

この「交流協会」の台北事務所が閉鎖された「駐中華民国日本国大使館」に代わるものとなり、「交流協会」の「台北事務所長」が事実上の日本大使となりました。

領事業務はタイの日本大使館に委託

交流協会で更新したパスポート
交流協会で更新したパスポート

写真は「交流協会」で更新したパスポートなのですが、発行官庁が「EMBASSY OF JAPAN IN THAILAND」となっています。「交流協会」は飽くまで民間団体の建前なので、ビザ(査証)やパスポートの発行などは直接取り扱うことはしておらず、駐タイ日本大使館に委託している形になっているのです。

中華民国の「台湾化」が進む

1988年に李登輝氏が総統に就任してから、先ほど述べた「一つの中国」原則、中華民国が中華人民共和国との並立を受け入れないという原則は変わっていきました。そもそも台湾人にとって中国全土の覇権は関係ない話です。

しかし中華人民共和国からすると台湾は自国の領土の一部、勝手に中国全土の覇権争いから降りられては困ります。今度は中華人民共和国が「中華民国」に「一つの中国」原則を放棄させないように圧力をかけるようになったのです。

そんな中、例えば「中華民国」の国号を「台湾」に変えるなど、「一つの中国」原則を完全に放棄するのは中華人民共和国の軍事力も含めた圧力の中、非常に難しい事でした。よって表向きは「中華民国」の看板はそのままにし、中身を実質的に中国人による外来政権から台湾人による政権に置き換えていく、つまり「中華民国」の「台湾化」を進めたのです。

時代の要請で「日本台湾交流協会」にようやく改名

「台湾化」した「中華民国」(以後は「台湾」と呼びます)、では「日華」や「日中」に拘らなくなり、むしろ「台湾」、譲歩して「台北」を実務機関の名称に入れるよう要請が出て来るようになりました。そういった時代の流れに合わせ、2017年1月1日から「日本台湾交流協会」に改名することになったのです。また台湾側の実務機関も呼応して2017年5月17日に「台湾日本関係協会」に変更しました。

「建前」と「曖昧」が外交の智慧

「日本台湾交流協会」自身は名称変更の目的について、「今まで交流協会の認知度が低い」ため、「交流の対象を明確にして、認知度向上に努める」という理由を挙げています。台湾側からの要請は理由には挙げていません。

英国も1976年に「英國貿易促進會」を成立させましたが、1993年に「英國貿易文化辦事處」と変更し、2015年5月26日に実際の業務内容を名称に反映させるため「英國在台辦事處(British Office Taipei)」と変更しています。その際の理由として「a re-branding (単なるブランド変更)」、 「(前略) the old name (中略) did not adequately describe what we do (古い名前は十分に業務内容を定義できていない)」と述べています。

オランダも2020年4月27日に「荷蘭貿易暨投資辦事處」から「荷蘭在台辦事處 (Netherlands Office Taipei)」に変更した際は「『貿易暨投資』などの文字を省略して簡略にした」という説明をしています。

1979年の設立当初から「美國在台協會 (American Institute in Taiwan)」と名乗っている米国も含めて、各国とも中華人民共和国が言っている「一つの中国」原則は尊重する、外交政策は変更しないと言いつつ、名称変更の形で台湾との関係も重視している姿勢を見せています。

こういった「建前」と「曖昧」こそが、力を増しずいぶん強気になった中華人民共和国と台湾との両方の関係を維持し、また台湾海峡の平和を守るための絶妙なバランスを保つ外交の智慧なのです。

参考文献 (クリックすると一覧を表示)
  • 日本台湾交流協会 – Wikipedia (https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E4%BA%A4%E6%B5%81%E5%8D%94%E4%BC%9A&oldid=79142555、2020年12月28日、2020年09月05日閲覧)
  • 台湾日本関係協会 – Wikipedia (https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%96%A2%E4%BF%82%E5%8D%94%E4%BC%9A&oldid=79256785、2020年09月05日閲覧)
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  • 日本台湾交流協会、名称変更で台日関係のさらなる発展を : Taiwan Today (https://jp.taiwantoday.tw/news.php?unit=149&post=106683、2017年01月04日、2020年09月05日閲覧)
  • 荷蘭更名「在台辦事處」 中國抗議 – 自由時報電子報 (https://news.ltn.com.tw/news/politics/paper/1369212、2020年04月29日、2020年09月05日閲覧)
  • 英駐台機構更名「英國在台辦事處」 – BBC News 中文 (https://www.bbc.com/zhongwen/trad/sports/2015/05/150528_twletter_britishembassy、2015年05月28日、2020年09月05日閲覧)
  • U.K. renames representative office in Taiwan, retains functions | Taiwan News (https://www.taiwannews.com.tw/en/news/2744407、2015年05月27日、2020年09月05日閲覧)

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