TSMCのどこがすごい?日本の半導体産業はもうダメなの?TSMCの日本進出はどうなるの?台湾半導体産業基礎の基礎

切り分けられたシリコンチップ (Fritzchens Fritz / CC0)

何回かオンラインセミナーで、TSMCの何がすごいのか?日本の半導体産業はもうダメなのか?台湾の半導体産業が水平分業になった経緯、最近のTSMCの日本進出に関するニュースなどを、基礎的な部分から知りたい方向けに解説したところ好評でしたので、ここでもご紹介したいと思います。

ICメーカーには「IDM」と「ファブレス」がある

台湾 半導体 産業 概要
台湾 半導体 産業 概要

昔はIC(集積回路)メーカーは企画・設計・製造・販売など全てを行う「IDM (Integrated Device Manufacturer、垂直統合型デバイスメーカー)」が普通でした。現在は工場を持たない「ファブレス (fabless)」が当たり前になっており、こういったファブレスのICメーカーの多くが台湾に製造委託を行っています。

IDMファブレス
インテル
サムソン
キオクシア(旧東芝)
ルネサス
マイクロン
サンディスク
NXP(旧フィリップス)
TI
IBM
富士通
AMD
Broadcom
Qualcomm
NVIDIA
MediaTek
RealTek
Xilinx
Huawei
Apple
Microsoft
Nordic
「IDM」と「ファブレス」の例

さらに製造の前段階の回路設計部分でも受託を請け負う「ICデザインハウス」と呼ばれる設計受託事業者も存在します。ただし回路設計を自分自身で行うファブレスICメーカーも多いことから、ファブレスICメーカーのことを「ICデザインハウス」と呼ぶこともあります。

ICの製造工程は「前工程」と「後工程」に分かれる

ICの製造工程は大きくは「前工程」と「後工程」に分かれます。

配線形成済シリコンウェハー (Peellden / CC-BY-SA-3.0)
配線形成済シリコンウェハー (Peellden / CC-BY-SA-3.0)

「前工程」とは、円盤型の「ウェハー(多くはシリコンで出来たシリコンウエハーですが、別の種類のものもあります)」上に多数のICチップを作る工程です。「前工程」 を専門に請け負っている事業者を「ファウンドリ(foundry)」と呼びます。「ファウンダリ」、「ファウンドリー」と記載されることもあります。

切り分けられたシリコンチップ (Fritzchens Fritz / CC0)
切り分けられたシリコンチップ (Fritzchens Fritz / CC0)

「後工程」とは、多数のICチップが形成されたウエハーを切り分け、パッケージに封入し、テストを行い、完成させる工程です。「後工程」 を専門に請け負っている事業者を「アセンブリ・ハウス (Assembly House)」と呼びます。

なぜ台湾の半導体業界は強い?水平分業の強み

台湾 半導体産業 水平分業 の 強み
台湾 半導体産業 水平分業 の 強み

IC製造には多額の投資が必要です。とくに集積度が高くなればなるほど、高価な設備が必要となります。ファブレスICメーカーは工場設備を持たないことでそういった高額な投資を不要とし、その分製品開発やマーケティング、販売に注力しているわけです。

製造工程への高額な投資が必要ない分、ファブレスICメーカーはIDMに比べると参入しやすく、台湾TSMCの取引先は数百社以上とされています。

一方、ファウンドリやアセンブリハウスは世界中から受注することで高価な設備であってもどんどん使って生産することで投資を回収することができます。また自社の技術を高め、コストを下げないと同業他社に案件を奪われて失注する可能性もあるわけですから、製造技術も磨かれます。

IDMの場合は製造が難しければ設計を変更してもらうなど上流工程で調整してもらうことも容易ですし、一部工程が不効率でコスト高でも全体で利益が出れば良いため、工程個々での「個別最適」に関しては、水平分業体制の台湾の半導体産業に及ばないところもあるように思います。

しかしながら個別最適では解決が難しい技術的課題というのもあり、「全体最適」を図り易いIDMの強みもあります。今後の技術動向次第では「全体最適」に軍配が上がる可能性もあり、IDMが必ずしも時代遅れというわけではないことに注意が必要です。

ファウンドリ業界におけるTSMCの強さ

Top 10 ファウンドリの売上比率 (2020 Q4)
Top 10 ファウンドリの売上比率 (2020 Q4)

前工程を専業とする「ファウンドリ」の最大手が台湾の「TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company、台湾積体電路製造股份有限公司)」であり、最近は5割以上の売上シェアを獲得しています。UMC、PSMC、VISなども含めると台湾の半導体産業の強さがご理解いただけるかと思います。

後工程専業の「アセンブリハウス」

Top 10 アセンブリハウス売上比率 (2021 Q1)
Top 10 アセンブリハウス売上比率 (2021 Q1)

後工程を専業とする「アセンブリハウス」の最大手は台湾の「ASE (Advanced Semiconductor Engineering, Inc.、日月光半導體製造股份有限公司)」です。SPILも買収でASEグループです。さらにPTI、KYEC、Chipbond、ChipMOSなども含めるとこちらも台湾の半導体産業の強さが分かるデータです。

台湾の半導体産業が水平分業になった経緯

当たり前のように水平分業を行っている台湾の半導体業界ですが、もちろん最初からそうだったわけではありません。台湾の当時の状況、また米国や日本の状況なども影響して、徐々に水平分業になっています。以下詳細に見て行きます。

台湾の半導体産業の歴史
台湾の半導体産業の歴史

UMCの設立まで

台湾の半導体産業育成は1970年代に国家プロジェクトとして、米国からのCMOS技術導入から始まりました。CMOSの細かい説明は省きますが、ICの構造(基本回路)の一つで、他の構造と比べ、将来性が見込まれている技術でした。この計画にはRCA (Radio Corporation of America)で研究室主任をしていた潘文淵 (Wen-Yuan Pan)が関与するなど、米国シリコンバレーにおける台湾(中華民国)系人脈があったことが伺えます。

台湾からエリート人材を米国RCA社に送り込み、半導体製造技術を学ばせる一方、台湾政府は工業技術研究院電子所(当初は電子工業研究発展中心)に模範工場を設立、時計用ICを製造しました。明治の日本政府が民間に手本を示すための「官営模範工場」として富岡製糸場などを作ったのと似ています。

この模範工場をベースに1980年に設立されたのがUMC (United Microelectronics Corporation、聯華電子股份有限公司)です。UMCは当初は自社ブランドの半導体を作っており、垂直統合型のIDMでした。

TSMCの設立

一方、台湾政府は1980年代にVLSI (Very Large Scale Integration)開発計画をスタートさせました。集積度が飛躍的に上がった現在ではあまりそんな分類をしなくなっていますが、当時はチップに詰め込まれる素子(電子部品に相当)の数によって、(普通の)IC→LSI→VLSI→ULSIなどと分類をしていたのです。

このVLSI開発計画では前回のCMOS技術導入とは違うことがいくつかありました。貿易摩擦が激しくなったこともあり、この時には海外から技術導入が難しかったため、基本的に台湾国内での開発になったこと。また開発後に官営模範工場を作らず、最初から民間資本も参加した会社を設立し、そこに技術移転をしたことです。この時に設立された会社こそ、TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company、台湾積体電路製造股份有限公司)でした。

TSMCとUMCにはビジネスモデルにおいても大きな違いがあり、TSMCは前工程受託専門、世界最初のファウンドリでした。特に半導体製造の前工程は工場設備が高額であり、その設備を効率よく稼働させるために前工程を専門に受託するビジネスモデルは以前より考えられていました。

しかし当時は半導体製造受託はIDMが自社ブランド製品の製造の余力で受ける程度で、そこまで製造委託する顧客がいるとは思われておらず、ファウンドリの前工程製造受託専門というビジネスモデルが上手く行くと考える人は少なかったのです。

VLSI開発計画に関わり、TSMCの創業者ともなった張忠謀 (Morris Chang)も米国の大学を卒業して、米国シリコンバレーに入り、TI (テキサス・インスツルメンツ)でグループ副社長まで上り詰めた台湾(中華民国)系の人物であり、またTSMCの設立前後に、シリコンバレーのファブレスICメーカーが増え、TSMCの顧客となったことから見ると、TSMCの設立にも米国シリコンバレーにおける台湾(中華民国)系人脈の助けがあったことが伺えます。

アセンブリハウス

台湾でのアセンブリ事業については1966年の高雄電子股份有限公司設立まで遡ることができます。この会社は台湾南部・高雄の輸出加工区設立と同時に外資によって設立された会社で、海外から輸入したシリコンウエハーを加工していたと思われます。

後工程は前工程と比較すると技術的な難易度が低く、またシリコンウエハー切断や配線、樹脂ケースへの封入などの人手を要する作業も多めで、ある程度電気製品製造などの伝統的な製造業の延長で考えることができ、当時人件費がかなり安かった台湾では適した産業でした(この辺が中国企業がアセンブリである程度のシェアを取っている理由でもあります)。

この後も複数のアセンブリハウスが設立され、ますが、高雄電子が高雄にあったこともあり、現在でもASEを始め、多くの台湾のアセンブリハウスが高雄に存在しています。

UMCがファウンドリに

先述の通り、UMCは当初は自社ブランドの半導体を作っており、垂直統合型のIDMでしたが、経営面ではなかなか上手く行かず、またTSMCのファウンドリ・モデルが上手く行ったこともあり、1995年に自社ブランドのチップ製造・販売を止め、 ファウンドリに移行することになりました。

製造受託の顧客から機密情報を自社のIC設計部門に流しているのではないかと疑念を持たれないよう、 UMCのIC設計部門は複数のファブレスICメーカーとして独立しています。その中には後述しますが、ReakTek、NovaTek、MediaTekなどの世界有数のファブレスICメーカーが含まれています。

日本の強みも残っている

台湾半導体業界の盛況を見て「日本はダメ」だと言われる方が多いのですが、そうではありません。2020年において台湾の半導体製造設備のシェアは6%ほど、材料のシェアは2%未満とされています。半導体業界で使われている製造装置や材料の多くに日本メーカーの物が使われており、日本が無くては台湾の半導体業界が成立しないのも事実なのです。

また日本企業の垂直統合モデルが良い場合もあります。例えば集積回路ではなく、「ディスクリート」半導体と呼ばれる半導体を使った部品は日本が強い分野です。またインクジェットプリンターのインクを吹き付けるインクジェットヘッドも半導体技術が使われますが、日本が強い分野です。これらのメーカーはIDMがほとんどで製造装置も自社で内製しているところもあり、垂直統合の強みを大いに発揮している分野です。

こういう時期だからこそ、日本の強みやそれが生まれた経緯を研究し、日本に合った方法で、新しい方向性を打ち出していくべきだと台湾から日本を見ていると思います。

TSMCの工場は日本にできるのか?

2020年2月にはTSMCが茨城県つくば市に研究開発拠点を設置するという報道がありました。たしかに材料・設備に関しては日台協力の余地があるので、 日本で研究開発拠点設置は経済的観点で見ても合理的 なように思います。

日経新聞の記事

しかし工場設置、特に前工程の工場となるとそう簡単ではありません。例えば最近チップの集積度を上げる鍵となっているEUV露光装置は一台200億近くする高価なものです。経済的観点から見れば台湾に生産ラインを集中させた方が効率良く稼働できると考えられます。日本企業もIDMでありながらも、台湾にも外注に出したりして、上手く台湾の半導体産業を活用しています。

一方でTSMCは米国や中国にも工場を持っています。これは売上比率として北米62%、中国17%と顧客がいるため(2020年)、その顧客要望に応じて進出していると思われます。

ちなみに日本は5%しかなく、日本での工場の建設は無いのではないのかと思っていたら、ソニーのイメージセンサー向けに熊本県に工場を建設していると言う報道がありました。

日経新聞の記事

すでにソニーは自社生産では賄いきれない部分を前工程は台湾のTSMCやUMCに後工程はTONG HSING、Xintec、VisEraなどに外注しているようです。これを国内に持ってくるとすれば、TSMCだけでなく、後工程の会社も来ないと完全な外注は不可能です。

TSMCには前工程だけ外注して、後工程はSONY自身でやるのかもしれませんが、それでは外注の意味が余りないように思えます。もう少し計画が明確になるのを待つ必要がありそうです、

参考文献 (クリックすると一覧を表示)
  • 垂直統合型デバイスメーカー – wikipedia (https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%9E%82%E7%9B%B4%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%9E%8B%E3%83%87%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC&oldid=71276047、2021年02月25日閲覧)
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  • 估第四季全球前十大晶圓代工業者產值年增 18%,聯電超越格羅方德擠進前三 | TechNews 科技新報 (https://technews.tw/2020/12/07/estimated-increase-in-foundry-output-value-in-the-fourth-quarter/、2021年02月25日閲覧)
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  • 2021年第一季全球前十大封測業者營收達71.7億美元 – 電子工程專輯 (https://www.eettaiwan.com/20210519nt21-the-worlds-top-ten-packaging-and-testing-companies-in-2021-q1/、2021年07月31日閲覧)
  • 環球晶千億併德國Siltronic AG躍居全球營收第一大、產能第二強,一張圖看懂市佔版圖|數位時代 (https://www.bnext.com.tw/article/60469/global-wafers-merge-siltronic-ag-、2021年02月25日閲覧)
  • 「自給率が足りない」日本の半導体。台湾・TSMCがつくばに拠点で流れは変わるか?|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社 (https://newswitch.jp/p/25928、2021年02月25日閲覧)
  • 米、同盟国と供給網整備 半導体・EV電池で中国に対抗: 日本経済新聞 (https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN192KP019022021000000/、2021年02月25日閲覧)
  • 台湾半導体産業における垂直分業体制と競争戦略の研究 -日本企業凋落との対比により- 公益財団法人国際東アジア研究センター 岸本 千佳司 Working Paper Series Vol. 2014-05 2014 年 3 月 (http://www.agi.or.jp/workingpapers/WP2014-05.pdf、2021年02月25日閲覧)
  • 波瀾壯闊的台灣半導體產業 – 今周刊 (https://www.businesstoday.com.tw/article/category/80393/post/201806130038/%E6%B3%A2%E7%80%BE%E5%A3%AF%E9%97%8A%E7%9A%84%E5%8F%B0%E7%81%A3%E5%8D%8A%E5%B0%8E%E9%AB%94%E7%94%A2%E6%A5%AD、2021年07月31日閲覧)
  • 第四章台灣半導體產業的發展 (https://nccur.lib.nccu.edu.tw/bitstream/140.119/35291/8/36003808.pdf、2021年07月31日閲覧)
  • TSMC 2020 年報 (https://investor.tsmc.com/static/annualReports/2020/chinese/ebook/files/basic-html/page17.html、2021年07月31日閲覧)
  • 画像:配線形成済シリコンウェハー (https://commons.wikimedia.org/w/index.php?title=File:12-inch_silicon_wafer.jpg&oldid=449103469&uselang=ja、2021年07月31日閲覧)
  • 画像:切り分けられたシリコンチップ (https://commons.wikimedia.org/w/index.php?title=File:AMD@7nm(12nmIOD)@Zen2@Matisse@Ryzen_5_3600@100-000000031_BF_1923SUT_9HM6935R90062_DSC04677_-_DSC04677_(48319338822).jpg&oldid=449886656&uselang=ja、2021年07月31日閲覧)

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