金城民防坑道は金門島がほぼ毎日のように中国大陸側から砲撃されていた時期に構築された総延長約2.5kmに及ぶ坑道で、枝道の部分を除いた約1.2kmが公開されています。歩くには30~40分くらいかかると思います。
開放されるに当たって整備されたものの、やはり暗く、空気も淀んだ感じがします。心臓が弱いとか喘息とか、閉所恐怖症の人は入らないほうが良いと注意がありました。
幅も人一人通れるくらいです。場所によってはすれ違うには結構苦労すると思います。
金城車站、役所、郵便局、農協、幼稚園、国民党支部、学校、銀行など枝道が延びており、軍・政府・民間が一体になった防御網が構築されていたことが分かります。
坑道の途中には詰所と合図用の鐘が設置されています。鐘のたたき方によって坑道内に状況を知らせていたのです。
坑道の所々に会議室や弾薬庫などが設置されていました。写真は国民党金門支部トップの部屋です。この時代台湾は国民党独裁時代で、今の中国と同じく党と国は一体化していたので、国民党幹部にこういった部屋があるのは普通だったと思います。
最後に驚かされたのはこれだけの坑道を主に人の手で掘り進めたことです。総延長2.5キロの坑道は1年2ヶ月掛けて掘り進められました。
途中に当時の攻撃された時の坑道内の様子を体感できる部分もあり、臨場感は十分あります。入口と出口がかなり離れているのですが観光バス(2010年6月現在はB線)に乗るとガイドさんの先導がつき、バスも先回りして待ってくれています。